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親元離れ高校生活 島民50人祝福 熱海・初島 [時事]

静岡県内唯一の有人島、熱海市初島の市立初島中を今春卒業した萩原奏映さん(15)が5日、親元を離れて高校生活を送るため初島漁港から出発した。同校の教職員や家族、岸壁には島民ら約50人が見送りに集まり、若者の旅立ちを祝った。

 花束を手にした萩原さんが船に乗り込むと、色とりどりのカラーテープが船と岸壁をつないだ。島民らからは船が島を離れて姿が小さくなるまで、「元気でな」「頑張れよ」と声援が続いた。萩原さんも力いっぱい手を振り返して声援に応えた。

 萩原さんは併設の小学校と合わせ、児童・生徒が5人の同校で唯一の卒業生。6日から、三島市内の高校に通うという。萩原さんは「自分が(見送りを)やってもらう側になり感動し、うれしかった。今まではずっと学年で1人だったので、慣れないこともあるかもしれないが、勉強をしっかり頑張りたい」と新生活に向けて希望を膨らませた。

 見送りは、進学などで島を離れる生徒が出た場合に行う恒例行事。少なくとも数十年前から続いていて、多くの島民が経験しているという。

静岡新聞社
心が温まりました…
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>> 返信コメント 2件
tho***** | 2017/04/06 10:49


頑張ってね(^-^)
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おじさん 何某 | 2017/04/06 10:46


次の学校でも良い人に恵まれます様に~




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元プロ投手近田さん、駅員に 報徳で甲子園3度出場 [時事]

選抜高校野球大会2回戦を26日に控える兵庫県の報徳学園(西宮市)。10年前、同校の左腕エースとして甲子園のマウンドに立った近田怜王(ちかだ・れお)さん(26)=西宮市=が、JR三ノ宮駅の駅員として新しい人生を歩んでいる。チームメートとともに白球を追い掛けた3年間を「いいことも悪いことも凝縮された、人生のターニングポイント」と懐かしむ。

 「点字ブロックの内側にお下がりください」。三ノ宮駅のホームに、近田さんの声が響く。

 マイクを持つのは、右手。「投げるのも打つのも左ですけど、マイクはなぜか違うんです」と笑う。

 外国人観光客から英語で質問されたり、車いすの乗客を介助したり、酔客に対応したり。兵庫県内最大のターミナル駅での日々はめまぐるしいが、「怒られても感謝されても、全てが新鮮ですね」。

 区切りを付けて1年余りがたった野球人生。鮮烈なスポットライトに照らされたのは、報徳学園の1年生エースとして臨んだ2006年秋の近畿大会だった。

 31回2/3を投げて2失点という圧倒的な成績で5年ぶりの優勝に導く。直球の伸びがとにかく良かった。

 強力打線の大阪桐蔭(大阪)に対した決勝では、今春のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)日本代表でも活躍した中田翔選手に本塁打を浴びた以外は3塁を踏ませずに完投。「高校屈指の左腕」の呼称を得たこの試合を、近田さんは今、こう振り返る。

 「野球人生のベストゲームでした」

    ◆

 三田市出身。小学2年で野球を始め、三田リトルシニアに所属した中学時代は、日本代表の主戦投手として世界大会を経験した。

 報徳学園に入学直後は、体重が13キロ減るなど環境の変化に苦しんだが、秋になると実力を発揮する。140キロ台後半の直球とチェンジアップを武器に近畿大会を制し、翌春の選抜では優勝候補の一角に挙げられたが、初戦で惜敗。「打たれる気は全くしなかったんですが、気の緩みがあったんでしょうね」

 夏の選手権でも、県予選を勝ち抜いて甲子園の切符をつかむものの、風邪が完治しないまま臨んだ初戦で脱水症状により降板。チームも敗れた。

 その3日後、始動したばかりの新チームの練習。ランニングの最中に突然意識を失い、救急搬送された。直前の昼食でカレーライスを食べた記憶だけが残っている。

 疲れがたまっていたのだろうと1カ月ほど静養して練習に復帰。5メートルほどの距離でキャッチボールを始めたところ、たたきつけるように相手の足元にボールが転がった。

 仕切り直して、もう1球。同じ軌道で、また低めへ。「コントロールやフォームがどうこういう状況ではなく、赤ちゃんが初めて投げるような感じでした」と振り返る。心身の不調からくる運動障害「イップス」だった。

 練習でボールに触れない日々が続く。表向きは「体調不良」。あせり、思い悩む近田さんをチームメートは優しく見守り、「近田が打たれても、おれたちがカバーするから」と声を掛けてくれた。

 理想の投球を追い求めることに見切りを付けた。「思い通りに投げられない」と感じると、症状が悪化してコントロールが乱れるためだ。「まあ、いいや」と開き直ることで、少しずつ調子が戻っていった。

 3年生の最後の夏、3度目の甲子園に出場。3試合を勝ち抜いてベスト8まで進出し、健在をアピールする。08年秋のドラフト会議でソフトバンクが3位指名。だが、近田さんにイップスが治った感覚はなかったという。

    ◆

 「早く1軍のマウンドに」「できれば先発で」「奪三振王になりたい」

 幼い頃からの夢だったプロ野球選手。マスコミの取材に対し、思いつくままに目標を掲げたが、コーチの問い掛けに、答えが見つからなかった。

 「具体的に、どんなピッチングをしたいんだ」

 練習でも、戸惑った。例えば、自分で目標を設定してのダッシュ。与えられたメニューをこなすことだけを繰り返してきたため、どうすればいいのか分からない。

 描いていた夢が、プロで活躍することではなく、プロに入ることだったと気付いた。

 制球難も克服できず、4年目の12年夏に野手に転向。「クビを覚悟していたからです。将来、指導者になった時のことを考えて経験を積んでおこうと」。その年の秋、1軍出場を果たせないまま戦力外通告を受けた。

 投手として参加した12球団合同トライアウトでも声が掛からなかった。誘いがあったJR西日本に入り、社会人野球の選手として2年半ほどプレー。「プロに戻れる力がない」と判断し、25歳でユニホームを脱いだ。

 現役引退後、痛む体を診察してもらうと、右膝は半月板が損傷し、投球を支えてきた左肩は、関節唇がはがれ落ちていた。今はもう、手首のスナップでしかボールを投げられない。限界だった。

    ◆

 「しんどいこともありますけど、働く場所がある喜びの方が大きいですね」

 15年12月から三ノ宮駅で勤務する。野球選手から鉄道マンという転身にも、戸惑いはなかった。

 ソフトバンクから戦力外通告を受けた後、実家に1カ月ほどこもった経験が影響しているという。何もやることがなく、昼のテレビドラマを毎日見る生活。野球ができなくなるつらさ以上に、仕事がないつらさを実感した。

 今でも、野球かばんを抱えた高校球児が乗り降りするのを見ると、自身の3年間をふと思い出すことがある。だが、それはほんの一瞬。すぐに切り替え、周囲に気を配る。

 JR西に入ったのは、尼崎JR脱線事故で活動を休止していた硬式野球部が再開するタイミング。事故を起こした企業で働く意味は、自分なりに理解しているつもりだ。

 「体を張ってでも乗客を守るのが今の仕事。鉄道の安全に、野球選手の肩書は関係ないですから」(小川 晶)



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【WBC】決勝進出の米監督、侍の野球に「感銘」 1点差勝利も「チームの差ではない」 [時事]

準決勝で日本に1点差勝利、先発・菅野を絶賛「メジャーリーグ級の投手」
 野球日本代表「侍ジャパン」は21日(日本時間22日)、第4回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の準決勝(ドジャースタジアム)で米国と対戦。1-2で敗れ、2大会連続で準決勝敗退に終わった。しかし、初の決勝進出を果たした米国の名将ジム・リーランド監督は、侍ジャパンの戦いぶりを絶賛。「本当に感銘を受けた」と敬意を表している。


 オールスター級の選手を打線に揃えた米国打線は、侍投手陣を打ちあぐねた。ヒット数は、米国投手陣の前に沈黙した日本打線より2本多かったとはいえ、6安打と苦戦。2得点は、いずれも日本の守備のミスが絡んで奪ったものだった。

「彼らは基礎に忠実な、しっかりしたチームだ。それは知っていた。でも、彼らの投手にどれだけ感銘を受けたかは伝えられない。本当に良かったと思う。外角いっぱいに速球をコントロールしていた。3ボールからスライダーを投げた。かなり印象的だった」

 リーランド監督はこのように日本の投手陣を称え、特に先発・菅野智之投手の投球を「メジャーリーグ級」と表現。6回3安打1失点(自責0)6奪三振1四球の快投劇は、1997年にマーリンズを世界一に導き、パイレーツやタイガースでもスーパースターを手懐けて好成績を残し続けた名将に鮮烈な印象を残したようだ。

「今夜の日本の先発投手、彼はメジャーリーグ級の投手だ。彼はいいね。とても感銘を受けた」

 投手陣だけでなく、基礎を徹底し、細かいプレーを忠実にやってくる日本の野球にもあらためて「感銘を受けた」という。ただ、筒香や中田といった大砲を擁する今回の侍ジャパンは、従来の「スモール・ベースボール」とは少し違う印象を敵将に与えたようだ。
勝敗を分けた8回の「ミス」に言及、「我々がほんの少し良かっただけ」
「本当に感銘を受けた。前もって知っていたけどね。彼らは我々とは少し違う戦い方をするが、正直に言って、今日彼らはいくつかエラーを犯したとは思う。とても守備的だった。試合を正しく行った。スモール・ベースボールとリトル・ビッグボールの合いの子をやっていた。正直に言って、我々がするようなビッグ・ベースボールとまではいかないけれどね。バントをして、走者を動かして、盗塁した」

 チームとしての実力差はほとんどなかった。だからこそ、ミスが勝敗を分けた。4回は名手・菊池のエラーをきっかけに先制点を献上。同点の8回には、1死二、三塁のピンチで松田が三ゴロをファンブルし、三塁走者の生還を許した。結果的に、これが決勝点に。リーランド監督も、小さなミスにこそ最も大きな「差」があったと指摘している。

「(差は)1点だった。我々がボールに当てたこと。(決勝点が入った8回は)二塁と三塁に走者がいた。(バットに)ボールを当てて、(三塁走者の)クロフォードが得点した。日本はボールを少しファンブルした。決定的な場面で1つのミスをした。それで我々はアドバンテージを得た。でも、それはチームの差じゃない。言ったように、ミスでアドバンテージを得た。まさにこの一言に要約されている。今日、日本(の投手陣)はとても良く投げた。我々がほんの少し良かっただけだ」

 日本ラウンドは6戦全勝と快進撃を見せたが、最終的には2大会連続4強という結果に終わった。健闘は光ったものの、最後は打線がメジャー投手陣の前に沈黙し、小さなミスから最大の目標に掲げていた世界一奪還を逃したことも事実。わずかな「差」を埋めるための戦いが、これから始まる。
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comments
>お疲れさまでした。緊迫した良いゲームでした。
どっちが勝ってもおかしくない試合でした。




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