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家族の軌跡~ダウン症の次男との10年 (2)姉の決意 [時事]

「剛輝を守っていくために、人の2倍稼げる大人にならなければ」。高校3年の大村真由帆(18)は物心ついた時から、自分自身に言い聞かせてきた。「将来私に家族ができたとしても、剛輝が望むなら同居しよう」とも思っていた。父母が老いたら姉として、ダウン症の彼の面倒を見ていく義務があるのだから―。

 剛輝(10)が生まれた時から、率先して世話をした。泣けばそっと抱き寄せ、暗く涼しい所へ連れて行った。眉間のしわをさすると、不思議と泣きやんだ。「この子の面倒を見るのは、ママより私の方が得意」。自信があった。

 ところが“しっかり者”の真由帆は、小学5年から学校と習い事を休みがちになった。バレエやピアノなど、週に6日も習い事に通っていた。しかし、どれも自分の意思で始めたわけではなく、好きになれない。そんな時、クラスメートから無視されたり、陰口を言われたりするようになった。

 「習い事を辞めたい」「学校で嫌なことがあった」。母の由実(52)や教師に訴えたが、「気にしすぎよ」と受け入れられない。「何をしてもうまくいかないのは、私がおかしいからだ」と自分を責めた。

 家にいると悲しいことから解放される半面、この先の不安が押し寄せた。耐えきれずに泣きじゃくると、剛輝は頭をなで、サインペンで泣き顔の絵を描いてみせた。幼稚園から帰って来ると、「お姉ちゃんが家にいてラッキー」とばかりに喜んだ。無邪気な姿に救われた。

 一緒に過ごす時間が増えるにつれて、真由帆は自然と、着替えや歯磨き、箸の使い方を教えた。「弟が大人になって、うまく生きられるように。かわいがられるように」。伝え方につまずくと、ダウン症の育児本をめくった。「ごうちゃんは食べ方がきれいね」。弟が褒められると、自分も褒められたようでうれしかった。

 剛輝との時間に加え、母の由実ができる限り寄り添ったことも力となって、真由帆は自信を取り戻した。中学1年から不登校の生徒をサポートする教室へ通い、単位制の高校に入学した。

 「ボランティアをやると飯がうまいぞ」。教師の誘い文句に乗せられ、高校では週1回の活動にのめり込んだ。高齢者や障害のある子どもと交流し、被災地支援の街頭募金に立った。

 子どもとの交流にはとりわけ、剛輝の世話をした経験が生きた。一人一人の特性に応じた接し方を工夫することは、「生きがいと言えるぐらい楽しい」。作業療法士を目指し、来春には進学を控える。

 剛輝は小学4年になり、身の回りのことは上手にできるようになった。意思も主張する。今夏出掛けた家族旅行で、自分のそばを離れて心底楽しそうにはしゃぐ姿を目の当たりにして、真由帆はふと気付いた。「彼には彼の人生がある。私の役割は親の代わりになることではなく、楽しく生きる姉の姿を見せることではないか」

 2人で外出すれば、心ない視線や言葉を浴びることがある。彼がこの先、社会へ踏み出せば、いつかそれを受け止めて傷つく日が来るかもしれない。「障害があるからって、何も問題じゃない。お姉ちゃんの今があるのは剛輝のおかげ。だから剛輝も胸を張って、好きなように生きて」。これからは背中で示していくつもりだ。(つづく)
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